税金・保険コラム

2013.12.25

生命保険の歴史 その9

生命保険は、保険加入者の老後生活資金や、保険加入者の死後、遺族の生活をまかなうためのものとして発生しました。それとは少し性質の違う埋葬保険というものが、イギリスで1840年代以降普及しました。どんな時代かというと、コナン・ドイルがシャーロック・ホームズ物の第一作『緋色の研究』を発表したのが1887年です。霧深きロンドンをホームズとワトソンが駆け回っている姿を思い浮かべる方もいらっしゃるでしょう。ちなみに日本で明治維新が起きたのは1868年です。

この保険の保険金は、被保険者の死後遺族に支払われるものですが、その金額は小さく抑えられていました。この保険の目的が、きちんとした葬儀を出すための費用を捻出することであったからです。また、保険料の集金は集金人が毎週各家庭にまで出向いていました。そして、当時のイギリスでは、埋葬保険に加入するのは労働者階級の人々でした。

ところで、生命保険の保険料は、保険金そのものの原資となる純保険料と、保険制度を維持するための諸費用に使われる付加保険料からなっています。この埋葬保険は、付加保険料が高すぎるとして、当時のイギリスの社会問題になっていました。この問題を重く見たグラッドストーン首相は、付加保険料の割合が小さく、保険料もより僅少で済む簡易保険を作りました。しかし、人々は埋葬保険から簡易保険へ乗り換えることはありませんでした。

埋葬保険では被保険者は労働者階級の夫達であり、契約を結んで保険料を払い続けたのは妻達でした。先に述べたように、埋葬保険には、はっきりとした加入目的がありました。夫の死後、きちんとした葬式を出すというものです。それは、貧しい労働者階級では、とてもしっかりした立派な奥さんのすることでした。厳しい生活の中から葬儀に必要な資金をコツコツと根気よく積み立てたからです。

しかし、それだけでは、立派な奥さんであることが周りの人に分かるのは、夫が亡くなってからのことです。でも、近所の人の目につくように、集金人が毎週集金に来てくれれば話は違います。手元に残しておけば夫の酒代に化けかねない現金ですが、それをうまくやりくりし、毎週うやうやしく集金人が家まで取りに来てくれるのです。賢夫人として鼻高々といったところだったのではないでしょうか。

このように、イギリスの労働者階級では飲んだくれの夫に対する賢夫人という構造が見られました。似たような構造が日本でも見られます。

明治時代、たくさんの生命保険会社が設立され、資本提携や吸収合併なども起こりました。現在も営業している三井生命が昭和2年(1927年)9月10日に第5版として発行していた募集案内用の小冊子が残っています。奥付には大正15年(1926年)とあるそうです。ちなみに、大正は15年12月24日までなので、わずか1週間ですが昭和元年も同年です。

また、三井生命は昭和2年3月に高砂生命という会社を買収して始まりました。当時、監督官庁は生命保険会社の乱立を警戒して新規の設立を認めなかったため、買収という形をとったのです。

話を戻しますが、この小冊子には、妻が反対したにもかかわらず、夫が生命保険に加入していたという物語が収録されています。詳しいストーリーは不明ですが、夫の死後、妻は初めて家族に対する夫の愛情に気づいたという内容になっています。題名もそのまま『夫の愛』です。幼い子供3人を前に、妻が証書を胸におしいだく様が表紙絵になっています。

21世紀の現代でも、「愛」は頻繁に口にされる言葉ではありません。筆者はこのような直接的な題名が選ばれたところに驚きを感じますが、大正デモクラシーの時代には普通の感覚だったのでしょうか。なんとなく、生命保険の販売促進用に作成された物語の題名としては、ドラマチックすぎて映画の題名のように感じられます。

それはともかくとして、この物語の設定<夫が生命保険の契約を結ぶのを妻が反対する>には、首を傾げてしまいます。今の時代のようなDINKS(Double Income No Kids:共働きで意図的に子供を持たない)夫婦という設定ならともかく、時代は大正時代、子供が3人、子供達の服装から見て農漁村ではなさそうです。つまり、都市のサラリーマンの妻といった風情の奥さんは、夫に先立たれたら、生計の途が無さそうです。

よほどの迷信家なのでしょうか。たとえば、「あなたが死んだ後の話なんて縁起でもない。私は聞きたくありません。」というような…。あるいは保険料負担が大きすぎるという経済的な問題なのでしょうか。

筆者が子供の頃に聞いた話を思い出します。

ある夫婦がいて、急に奥さんが亡くなったので、ご主人が生命保険のことを思い出しました。しかし、保険証書を探し出してみると、その保険は解約されていたということです。この保険は、夫婦がそれぞれを被保険者として加入し、お互いを自分が死亡した場合に保険会社から出る保険金の受取人にするというものでした。それが、奥さんが被保険者になっている方の保険のみ、解約されていたのです。

お互いのために、それぞれが生命保険に加入したはずだったのに、奥さんは、自分の方が長生きするつもりで、自分の方の生命保険を解約したのだと、ご主人は思いました。 それで、その後ご主人は、ものすごく怒って、奥さんの骨壺を墓に納めず、家に置きっぱなしにしているのだそうです。

この話は、筆者の母親が近所の人に聞いた話なのですが、母も近所の人も、ご主人に同情的でした。

それからしばらく経って、筆者が学生になってから、奥さんのための反論を思いつきました。それは、そのご夫婦の生活費の都合で2人分の保険料を払い続けることが出来なかったというものです。そして、一般的に女性の方が男性よりも長生きですから、合理的に考えて、自分が被保険者で保険金の受取人がご主人になっている生命保険を解約したのだと。誰かこの件で責められるのならば、むしろ保険料を賄いきれなかったご主人なのではないでしょうか。

これは、まったくただの推論に過ぎませんが、この推論の中にも、『夫の愛』のように男性の方が妻子を残して先に逝くものという思い込みや、寡婦は自分では遺児を育てられないという先入観などが含まれていますね。筆者も子供の頃から見慣れてきたお涙頂戴のたくさんの映画やテレビ番組の影響を受けています。このような無意識の前提条件は、よく見ると公的年金制度のような法制度にも含まれているのが分かります。

お骨を墓に納めない話ですが、もちろん、お墓が出来上がるまでお寺ではなく自宅に安置しておくというのはよくある話ですし、亡くなった方を悼んで別れがたく、なかなか納骨できないという方もいらっしゃるでしょう。筆者の母親と近所の人は、お骨を墓に納めないことを生命保険の解約の罰としての大変ひどい扱いのように捉えていたというだけのことです。

さて、話が逸れましたが、三井生命の募集案内用の小冊子には、もう一つ物語が収められています。そちらはいわゆる賢夫人という構造になっています。長くなりますので、次回に改めてお話ししたいと思います。

社会保険労務士
小野 路子
さいたま総合研究所人事研究会 所属
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