税金・保険コラム

2024.01.23

相続と生命保険

暖冬の予報通り12月は異様に気温の高い日が続きましたが、いきなり寒波が到来したり変化が激しく、着るものの調整が難しい日々ですね。
先日所用で最高気温が10℃未満、日も差さない曇天の日に、長時間外にいました。寒がりの筆者は着ぶくれて、マフラーに顔半分が埋もれた状態で寒さに耐えていたのですが、一緒にいた男性が寒いと言います。彼はマフラーも無く、薄地のジャンパーを羽織っているのですが前ファスナーを開けたままでした。念のため聞いてみると、ジャンパーの下は厚地木綿のワークシャツ1枚のみで、下着のシャツも着ていないとのこと。それは……寒くて当たり前なのでは?

この男性は常々長生きできないと語っていることを思い出しましたので、今回は、ある推理小説の人間関係を借りて、相続と生命保険のお話をしようと思います。

80年くらい昔の話です。大会社のワンマン社長だった大富豪が亡くなって相続が発生しました。亡くなったとき彼は独り者でしたが、相続人は全員腹違いの3人の娘で、3人とも既婚者です。(ただし、長女の夫はもう亡くなっています。)孫が男3人女1人の計4人、長女の息子、次女の息子と娘、三女の息子という内訳です。さらに、孫達と同世代の社会経験の無い養女が1人という組み合わせです。

残された相続財産は、会社と預貯金などの現金のほか、住んでいた豪邸とその家が建っていた広大な土地という不動産です。それらを3人の娘と養女との4人で相続するのだと、遺族も会社関係者も思っていました。

先述したように長女の夫はもう亡くなっていますが、次女と三女の夫は2人とも会社経営に意欲満々です。会社経営は実質的にこの2人が引き継ぎ、娘3人と養女は会社の株式なり現金なりを受け取ることになるだろうと、皆が思っていました。

ところが、顧問弁護士により遺言状が読み上げられてびっくり、遺産のすべては養女たった1人にいくというのです。ただし、条件が付きます。それは、彼女が男の孫3人のうち誰かを配偶者として選択した場合だけだというものです。(養女と孫達は前述したように似たような年齢です)

しかし、彼女が3人の誰とも結婚しない場合は、彼女も相続権を失います。それでは莫大な財産はいったいどこへ? 

ここでいきなり登場するのが、関係者の誰の念頭にも無かった人物です。亡くなった大富豪が老齢になってから囲っていた愛人に産ませた男児です。生きていれば孫達と同じような年頃になるはずです。

その子が産まれたばかりの20年ほど昔、年頃だった娘達3人は、自分たちと同じような年頃の愛人に暴行を働き、赤ん坊と一緒に追い出しました。2人とも今はどこにいるのかも分からなくなっているのに、その男児が、遺言状に登場したのです。

養女が相続権を失うか死んだ場合、一家の財産は5等分され三人の孫息子に5分の1ずつを、残りの5分の2を行方不明の愛人とその息子が相続することとなっていました。

ここまでお読みになった方の中には、何度も映像化された小説なので、どういう一族なのか、ピンときた方も多いでしょう。

さて、物語が21世紀の現在に起きたことならば、遺言状作成時に弁護士が大反対したはずだということはさておき、もし養女がこの遺言状を受け入れたら、娘達の法定遺留分はどうなのか、そもそも養女の人生が振り回される条件付きの遺言内容が果たして有効なのか、3人の娘達が裁判を起こすでしょう。また、養女自身がそんな条件付きでは嫌だと言うかもしれず、そうなったら遺産分割協議を行うことになります。

遺産分割協議には相続人全員の参加が必要です。小説によれば、3人の娘達の母親達も大富豪と婚姻関係にはありませんでした。ですから、3人とも婚外子ではあるのですが、父親の生前に認知されているのでれっきとした法定相続人です。

行方不明の息子はどうなのかという点については、死後認知がなされたものとして、養女と娘3人が相続人と認め、とりあえず行方を捜すことになるでしょう。息子は成人年齢に達しているはずなので、彼が認知を承諾しないといけませんが、それはさておき、彼の母親の戸籍から探っていけば、その息子の居場所もきっと、たちまち見つかったことでしょう。

同じ著者の『八つ墓村』では、主人公は、自分が資産家の跡取りであることを、自分を探し出した弁護士から聞かされます。横溝正史世界の弁護士は、人捜し能力に秀でているのです。

物語はこのあと、莫大な遺産を巡って血みどろの争いが巻き起こるわけですが、ここでもし、遺産が実はマイナスだったとしたら相続人たちはどうすべきでしょうか?

会社とは無関係に個人として投資したが、回収できなくて、実は借金が残っているといった場合です。アガサ・クリスティの小説には、資産家だったが南米やアフリカの鉱山開発に投資してスッカラカンになってしまったというような人物が良く出てきますが、そんな感じです。

相続は3種類あります。

〇遺産のプラスもマイナスもそのまま受け取る(借金の返済義務も引き継ぐので、相続前から持っていた自分の財産も返済に使われてしまうかもしれない)単純承認

〇プラスの財産を限度としてマイナスの財産も引き継ぐ(たとえプラスの財産が100億円でマイナスの財産が120億円でも、相続するマイナス財産はプラスの財産が限度なので100億円となり、相続財産はプラスマイナス0円になる。残りの20億円分の借金を自分の財産から払う責任は無いので、自分の財産が守れる。)限定承認

〇被相続人の財産をプラスだろうがマイナスだろうが一切引き継がない相続放棄

養女も3人の娘達もマイナスの財産を引き継ぐのは嫌でしょうから、全員が相続放棄するのではないかと思われるかもしれません。しかし、限定承認しておくことには以下のようなメリットもあります。

●相続財産がどのくらいあるのかよく分からない場合は、ひょっとしたらプラスの財産が見つかるかもしれないので限定承認しておく。借金の返済はどのみちプラスの財産の範囲内でしかしなくて済むので安心していられる。

●借金を引き継いででも父親(養父)の起こした事業を引き継ぎたい、次女と三女の夫達も自分達の手腕なら大丈夫だと言っているし……と思っている場合。

●生まれ育った屋敷や庭に愛着があって残したいなど、債務があっても相続したい特定の財産がある場合。

相続放棄すると、あとから取り消しすることはできません。あとでプラスの財産があったことが分かっても、どうにもできないのです。そこに限定承認しておくメリットがあるわけです。

ただし、限定承認にはデメリットもあります。この一族のように複数の相続人がいた場合、自分だけ勝手にすることはできないのです。必ず相続人全員で、被相続人の最後の住所地の家庭裁判所に手続きしなければなりません。

手続きは煩雑で時間もかかりますが、手続きできる期間は相続があったことを知ってから3ヶ月以内と、相続放棄と変わりません。期間の延長はできますが、人捜しと並行して行うのですから、4人は気が休まらないでしょう。

そこで、面倒くさいから相続放棄してしまえと養女などは考えるかもしれません。しかし長女はおそらくそうは考えないでしょう。なぜなら、相続放棄をすると、彼女の息子も代襲相続することができなくなるからです。(次女と三女も同様)

代襲相続とは、本来の相続人が相続の発生したとき既に亡くなっていた場合、その子どもが親の代わりに相続することです。長女の息子から見た場合、もし、祖父が亡くなったとき既に亡くなっていたのが父親ではなく相続権のある母親だった場合でも、彼には代襲相続ができたということです。

しかし、ここで長女が相続放棄してしまうと、祖父の遺産に関して息子の取り分は全くなくなってしまいます。

では養女が相続放棄したならどうでしょうか?そして、養父が自分を受取人とした生命保険金(死亡保険金)を残していたとしたら?

この場合、相続放棄したかどうかに関係なく、養女は保険金を受け取ることができます。保険金は受取人固有の財産だからです。ただし、この生命保険金は相続税の課税対象になります。

死亡保険金が相続税ではどう扱われるかを説明します。

被相続人の死亡によって取得した生命保険金や損害保険金(偶然な事故に基因する死亡に伴い支払われるものに限られます)で、その保険料の全部または一部を被相続人が負担していたものは、相続等により取得したとみなされて、相続税の課税対象となります。

しかし、もし受取人が相続人(相続放棄した人や相続権を失った人は含まれません)である場合は、以下の式で計算される金額までは課税されません。この金額を非課税限度額と言います。

図表1

この計算では、相続放棄をした人がいても、その人を含めて法定相続人とします。
法定相続人の中に養子がいる場合は、実子がいるときは1人まで、実子がいないときは2人までがこの計算に含められます。

物語の養女は1人しかいませんでしたが、アガサ・クリスティの小説のように、実子が1人もいなくて養子が5人いても、非課税限度額の計算には2人までしか数えられないわけです。

しかし、先述したように、相続人でも相続放棄した人は非課税枠を利用できません。養女が相続放棄したら、受け取った死亡保険金にそのまま相続税が課せられるのです。

ちなみに、もし養女だけでなく、3人の娘達にも死亡保険金が残されていて誰も相続放棄しなかったとしたら、各々の課税金額は以下のように計算されます。

図表2

式の真ん中の部分は、各人が受け取る生命保険金の金額が異なることがありうるので、割合を出すために必要となります。

自分が受取人になっている生命保険があるときは、相続放棄するかどうかは生命保険の非課税枠を利用できない点も踏まえて、慎重に検討する必要があるというお話でした。

社会保険労務士
小野 路子
さいたま総合研究所人事研究会 所属
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