会員誌『カラフル』にて連載のコラム。
日々の暮らしの中で気になる症状や、季節の変わり目のお悩みに
佐々木欧先生がやさしくアドバイスしてくれます。
2025.05.26
大腸がんって、なあに?
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高血圧で通院中のCさん(60歳、男性)。健康診断時の便潜血検査で、2回中1回潜血反応が陽性だったと相談に来ました。切れ痔のせいかもしれないので、様子見でいいでしょうかと不安そうです。ポリープの場合もありますし、大腸がんだと決まったわけではないですが、大腸カメラを受けたほうがよいので、消化器内科を紹介しましょうと、話が始まりました。
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Q.大腸がんでは、どんな症状がありますか?
Dr. 早期は無症状の場合が多いです
病気が進むと、血便(真っ赤・真っ黒)や、便秘・下痢といった排便習慣の変化がみられたり、便が細くなったりもします。お腹の張りや腹痛・食欲低下のほか、貧血や体重減少といった全身症状を伴う場合もあります。
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Q.どうやって診断しますか?
Dr. 便潜血検査で簡単にチェックして、大腸カメラで診断します
便潜血検査は微量の出血でも検知することができるため、大腸がんを早めに探すための検査としてとても優秀です。通常、2回分を1セットとして行いますが、そのうち1回でも陽性であれば、大腸カメラ検査を受けることが望ましいです。CT などの画像検査では、胃腸の内部の様子を十分に判別できないので、内視鏡で腸の内側から観察することがとても大切です。
がんと診断するには、がん細胞を現行犯で捕まえてくる必要があります。内視鏡検査で、腸の粘膜の状態をよく観察して、ポリープや、がんが疑われる場所が見つかれば、小さなピンセットで組織をつまんで回収し、病理検査を依頼します。そこで検体から複数のプレパラート標本をつくり、顕微鏡でよく観察して診断します。レポートが完成するまでに、通常数週間かかります。 -
Q.内視鏡検査は、痛いですか?
Dr. ある程度、痛みを伴います。静脈麻酔を併用して行う場合もあります
大腸は1.5ー2メートルほどあり、コの字形をして曲がりくねっています。大腸カメラでは、腸内に空気を入れながら腸を手繰り寄せつつ、奥まで進みます。お腹が張ったり、腸が押されたり、引っ張られたりする痛みを感じます。クリニックによっては、患者さんの希望に応じて静脈麻酔で点滴をしながら半分眠った状態での検査を実施している場合もあり、その場合は痛みを感じることはありません。
静脈麻酔を用いた検査のデメリットとしては、点滴をする必要があることや、痛みを感じないので、検査中に合併症が起こった際に発覚が遅れるといったおそれもあります。また、麻酔薬から完全に覚めるのに数時間かかるので、当日の検査後は車や自転車などの運転は避ける必要があるといった注意点があります。 -
Q.検査前に、下剤を飲むのが大変だと聞きました
Dr. ストローで少しずつ飲むのがおすすめです
検査当日には、2リットルもの大量の下剤を飲んで腸の中を空にしますが、腸に便がこびりついていてきれいにならないと、なかなか検査が始められません。短時間で大量の水分をとるのが苦手な場合には、検査の予約時間に間に合うように、予定より早めに飲み始めたほうが、落ち着いて準備できるのでよいでしょう。
検査をスムーズに受けるための準備として、数日前から消化しやすい食事内容を心がけて、食物繊維や脂質は少なめの食事とすることがおすすめです。詳しくは検査の前に説明してもらいましょう。2リットルの下剤を、数時間かけて飲みます 便が薄い黄色から透明な液体になったら準備完了です 眠った状態での検査をする場合には、点滴の準備をします 肛門から内視鏡を挿入します -
Q.大腸がんって、多いですか?
Dr. 男女ともに、患者数では第2位のがんです
2020 年の日本全国での臓器別がん患者数は、男性で1位 前立腺、2位 大腸、3位 肺、4位 胃、5位肝臓でした。女性では1位 乳房、2位 大腸、3位 肺、4位 胃、5位 子宮でした。男女混合すると大腸がんが最も多く、男性で8.2万人、女性で6.5万人にのぼりました。 大腸がんの内訳は、結腸がん9.8万人と、直腸がん4.9万人でした(国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」)。
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Q.結腸がんと、直腸がんとで、違いがありますか?
Dr. 肛門に近い直腸がんのほうが、治療で生活が変わる可能性があります
日本人では、S 状結腸がんや、直腸がんが多いことが知られています。肛門からは、直腸を経由して、S 状結腸へとつながっています。がんの位置によっては、手術で直腸や肛門の一部を切るため、人工肛門( ストーマ)が必要になる場合があります。
ストーマがあると、便を袋にためる生活となります。服の上からはストーマがあることはわかりませんし、食事やお風呂、運動もできますが、ストーマのケアが必要です。最初は戸惑うかもしれませんが、看護師さんから教わりながら、サポートを受けて慣れてゆく人が多いです。 -
Q.大腸がんの原因は何ですか?
Dr. 生活習慣や、家族歴が関係します
赤身肉や加工肉などを多くとる高脂肪食、野菜や果物の不足といった低繊維食、飲酒、喫煙、運動不足などが大腸がんのリスクとして知られています。また、患者さんのうち、70%は家族歴のない孤発例ですが、20ー30% に家族歴があり、約5% に遺伝子疾患が背景にみられます。大腸がんは、大腸ポリープから発生する場合と、正常粘膜から発生する場合とがあることが知られています。
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Q.治療について教えてください
Dr. がんの広がりに応じて、手術や、抗がん剤、放射線照射などで治療します
大腸は、内腔から外側へ向かって、粘膜層、筋層、漿膜(しょうまく)層という異なる組織のサンドイッチ構造をしています。早期のがんで、病変が粘膜の浅い箇所にとどまっている場合には、内視鏡でがんを根こそぎ切除できる場合があります。がんは、徐々に周囲へと根を広げてゆきますが、近隣のリンパ節に到達するとリンパ液の循環にのってさらに広範囲に転移し始めます。
このがんの広がりを評価する尺度がステージ分類で、0期から4期まで分かれます。造影剤を用いたCT 検査などの画像検査も行って、リンパ節転移や、肝臓、肺などの遠隔臓器への転移がないか詳しく確認します。大腸がんは、骨や脳への転移は少ないです。ステージが進むと、手術だけでは取りきれないため、全身へと広がりつつあるがん細胞に対して、抗がん剤で治療します。放射線治療を併用する場合もあります。早期発見できれば、治療の大変さが軽減でき、その後の経過もよくなりますので、定期的に大腸がん検診を受けておくことが大切です。 -
Q.新しい治療法はありますか?
Dr. 分子標的治療といって、がん細胞の持つ目印を標的にした治療が開発されています
従来の抗がん剤では、がん細胞だけではなく、正常な細胞もダメージを受けるため、倦怠感や脱毛・吐きけ・免疫機能の低下による感染症といった、つらい副作用が出やすい問題があります。それに対して、がん細胞に多く存在する分子を目印として、ピンポイントに攻撃する治療が開発されています。従来の化学療法と組み合わせて使用します。本来は月数十万円かかりますが、高額医療制度のおかげで自己負担額は収入に応じてかなり軽減されます。
すべての大腸がんに使えるわけではなく、採取したがん細胞の遺伝子検査の結果で判断します。その分子を発現している正常な細胞(皮膚や血管)にも影響が出るため、皮膚炎や、高血圧、出血しやすくなる、といった副作用が出る場合があります。 -
Q.予防に良いことを教えてください
Dr. 禁煙や節酒、運動習慣がおすすめです
国立がん研究センターの研究では、運動量の多い人では、結腸がんのリスクが30ー40% 低下したという報告もあります。特に男性において効果がみられました。1日30分以上の早歩きを、週5回くらいなど無理のない範囲で継続しましょう。
食事では、赤身肉、特にハムやベーコン、ソーセージといった加工肉を多くとることがリスクを上昇させます。逆にリスクを低下させる食品は、食物繊維の豊富な野菜や果物、カルシウムや魚の脂肪酸です。女性ではコーヒーもリスクを下げる可能性があります。 -
Q.便秘は大腸がんのリスクとなりますか?
Dr. 明確な関連はみられないようです
便秘や下痢といった便通習慣の異常は、大腸がんのリスクとの関連はみられておりません。しかしながら、便が長く腸内にとどまることで、発がん物質が粘膜と長時間触れることで炎症を誘発し、リスクが高まるのではないかと懸念されます。野菜や果物、きのこ類や海藻類から食物繊維をとりながら適度に体を動かして、よい腸内環境と便通習慣となるよう努めましょう。
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「運動が予防によい」というくだりで、最近ウォーキングを始めたんですと、少し笑顔を見せてくれたCさん。眠りながら検査を受けられる場合もあると聞いて、驚いた様子でした。「先生、検査受けてみます」と、しっかりとした足取りで、紹介状を受け取り帰ってゆきました。
佐々木欧(ささき・おう)
医師。東大病院で長年アレルギーやリウマチ(膠原病)の診療に従事。
現在は秋葉原駅クリニックで内科全般の診療を手がけている。
生活のなかで実践できるセルフケアの開拓や患者さんの不安を軽くできる、やさしい医療を目指している。