年金コラム

2011.10.05

老齢年金の繰り上げ受給について

こんにちは社会保険労務士の土屋です。今回は老齢年金の繰り上げ受給についてお話しします。

前回、生年月日によって年金の受給の仕方は違うということをお話ししました。厚生年金は皆さんが現役時代に支払った保険料で将来の給付額が計算されます。国民年金の場合、年金額は40年間支払い満額(平成23年度額788,900円)で、保険料を支払った月数で給付額が決まる仕組みです。保険や銀行預金と違うのは、税金が投入されていることや無拠出の年金制度(20歳前障害や遺族基礎年金の仕組み)があることです。また、銀行預金と違う点は、年金は賦課制度という仕組みであり、自分が将来もらう年金の原資は自分の子や孫の世代が賄う仕組みになっていることです。
つまり、保険料を負担する現役世代が減少していけば、将来の年金給付を賄うことが厳しくなるということになります。現在の日本は超高齢社会に突入し、出生率は減少しています。また、60歳以降会社からリタイアした人が、一人で年金を受給する期間は10年前に比べて大幅に伸びています。こうした現状に対応する為、国は厚生年金の支給開始年齢を徐々に引き上げることにしました。厚生年金に加入した男性の場合、昭和16年4月1日以前生まれの人であれば、60歳からほぼ満額の年金を受給することができましたが、以降の人は定額部分の支給開始年齢が引き上げられ、昭和24年4月2日生まれ以降の人は定額部分はなしになりました。
ところがそれでも足りないということで、さらに平成16年の年金改正では、男性で昭和28年4月2日生まれ以降の人については、報酬比例部分の支給開始年齢を引き上げることになりました(2011.07.06掲載分参照)。
まもなく、60歳からの年金支給はなく、自助努力や60歳以降も何らかの形で働き、収入を得ていかないとそれまでと同様の生活を維持することができないという時代が到来します。ただ、そうはいっても誰もが老後の生活にゆとりがあるわけではありません。生活設計には個人差があるのは事実ですし、怪我や病気になるということもあります。もしも老後の生活が困窮する恐れがあるとか、どうしても金銭が必要な事態が発生したときには、年金を繰り上げ受給するという方法があります。

繰り上げ受給とは

平成23年度から平成24年度終了までに60歳に到達する男性(厚生年金1年以上加入)の場合は、60歳から厚生年金の報酬比例部分が受給できます。ただし、平成25年度以降は下記の通りになります。

  • 平成25年度に60歳に到達する男性(厚生年金1年以上加入)の場合は、厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢は61歳からになります。
  • その後、2年度経過毎に1歳ずつ支給開始年齢が引き上げられます。
  • 平成33年度に60歳に到達する男性は、厚生年金に1年以上の加入期間があっても年金は65歳以降になります。

つまり、平成33年度以降に60歳に到達しても、65歳前に支給される特別支給の老齢厚生年金を受給できず、60歳から65歳の間は無年金ということになります。もともと資産があり余裕のある方や現役時代に自助努力で資産を残した方ならば別ですが、現在の経済情勢ではそういう方は残念ながら少数ではないかと思います。多くの方が60歳以降もなんらかの手段で働き、生活の糧を得たいと考えられると思います。その生活を補てんするのが公的年金なのですが、冒頭に述べた状況で年金を受給できる年齢は平均余命の伸びと共にひきあがっていきます。
それでは平成25年度以降に60歳に到達する方々が、60歳から年金をもらえる方法はないのかというと受給する事が可能です。それは前回もすこしお話しした繰り上げ受給という方法です。

昭和24年4月2日から昭和28年4月1日までに生まれた男性の場合(タイプA)

この生年月日の方は平成24年度までに60歳に到達しますが、厚生年金加入期間が1年以上ある場合、特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)が60歳から受給できます。ただし、定額部分の支給はありません。65歳に到達すると老齢基礎年金と老齢厚生年金に切り替わり、そのままの年金(物価スライドあり)で一生受給することになります。この方の場合60歳から年金を受給することができますが、厚生年金の加入期間が短い人や現役時代の報酬が少ない人の報酬比例部分の年金は、それだけで生活を維持するのに十分な額とはいえません。60歳以降もそれまでと同様に報酬を得ることができれば問題ありませんが、現在の雇用状況ではなかなか厳しい状況であるといえます。そうした場合、本来65歳から受給する予定であった老齢基礎年金を希望すれば前倒しで受給することができます。ただし、本来65歳受給と定められたものですから、繰り上げ受給した場合にはペナルティーが発生します。
この方の場合は、老齢基礎年金の全部を繰り上げるということになります。繰り上げた年金額の計算は繰り上げた年齢から65歳までの月数に応じて減額されます。60歳時に老齢基礎年金を繰り上げた場合の減額率は、0.5%×60月(5年×12月)=30% と計算され、65歳に受給する老齢基礎年金の70%の年金額を60歳から受給することができます。ただし、65歳になっても増額されることはありません。報酬比例部分は60歳からそのまま受給し、65歳になると老齢厚生年金に切り替わることになります。なお、このタイプの方には定額部分が支給されませんが、特別支給の老齢厚生年金の定額部分の計算と老齢基礎年金には差額がでます。なぜかというと老齢基礎年金は20歳から60歳の加入期間で年金額を計算する仕組みですが、特別支給の老齢厚生年金の定額部分の計算は20歳前や60歳以降の期間も含んで計算されます。したがって、20歳前に会社に勤め厚生年金に加入した期間や60歳以降も厚生年金に加入した期間があると仕組み上老齢基礎年金には反映しませんが、その分は老齢厚生年金の差額加算として支給する仕組みになっています。その為このタイプの方は定額部分の支給がないのですが、計算上は定額部分の計算をして差額加算を算出する仕組みになっています。

昭和28年4月2日~昭和36年4月1日までに生まれた男性の場合(タイプB)

この生年月日の人は、平成25年度から平成32年度までに60歳に到達する男性ですが、この方に厚生年金加入期間が1年以上ある場合、特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)が61歳から64歳(2年度毎に1歳づつ支給開始年齢引き上げ)から受給できます。65歳からは老齢基礎年金と老齢厚生年金に切り替わりますが、この方の場合、繰り上げ受給の仕方はちょっと複雑で、報酬比例部分の受給開始前に繰り上げ受給するか、報酬比例部分受給後に繰り上げ受給するかで年金の受け方が違います。
報酬比例部分の受給開始前に繰り上げ受給する場合、老齢基礎年金と報酬比例部分を同時に繰り上げ受給しなければなりません。どちらか一つを繰り上げるということはできません。たとえば61歳から報酬比例部分が受給できる人(昭和28年4月2日から昭和30年4月1日生まれの人)が60歳で繰り上げた場合、老齢基礎年金はタイプAの計算例と同じように繰り上げた年齢から65歳までの月数で減額されます(この場合は60歳からで、減額率は0.5%×60月=30%)。
一方、報酬比例部分については繰り上げた年齢から報酬比例部分の受給開始年齢までの月数で減額されます(この場合は60歳から61歳まで、減額率は0.5%×12月=6%)。さらにタイプAでもでてきました65歳から受給される差額加算ですが、タイプAの場合と違いタイプBの場合は差額加算も合わせて繰り上げ受給することになります。なお、差額加算の減額率は繰り上げた年齢から65歳までの月数に応じて減額されることになります。
報酬比例部分の受給開始後は老齢厚生年金を繰り上げることはできず、老齢基礎年金の全部繰り上げしかできません。受給の減額の仕方はタイプAの方と同じ仕組みになります。老齢基礎年金は繰り上げた年齢から65歳までの月数で減額されます。差額加算は65歳から支給になります。

なお、差額加算も減額はされますが、減額分については繰り上げ受給の老齢厚生年金から減額され、差額加算自体は減額されることはありません。

繰り上げ受給するデメリット

国民年金にしか加入したことがない人は、60歳から繰り上げ受給することができます。減額率は繰り上げた年齢から65歳到達までの月数に応じて決まります。60歳で繰り上げると減額率は、0.5%×60月=30% になります。また、繰り上げ受給すると年金が減額される他に下記のデメリットが生じます。

  • 事後重症の障害年金が受給できません。
    繰り上げ受給する前(被保険者期間中または待機期間中)に初診日がある障害で当時は障害等級に該当しなかったが、65歳になる前に障害の程度が悪化して障害年金に該当する症状になっても障害年金を請求することができません。
  • 任意で国民年金に加入することはできません(厚生年金には加入できます)。
  • 夫婦の一方が繰り上げ受給すると配偶者が寡婦年金をもらえません。特に女性の場合、繰り上げ受給後に夫が死亡し、遺族年金の受給権が発生しても、繰り上げ受給した年金は併給できません。

こうしたデメリットがありますので、繰り上げ請求をする場合にはよくよく考えて請求手続きをすることが必要です。

繰り上げ受給は得か損か

年金事務所で繰り上げ受給の相談をした場合には、繰り上げ受給した場合の損益分岐点を出してもらえます。
そもそも年金は損得で考えるものではないと筆者は考えますが、繰り上げ請求する際の参考にはなるかと思います。たとえば下記の例で計算してみましょう。

昭和30年4月2日生まれで厚生年金加入25年、国民年金加入15年の年金太郎さんが、60歳で繰り上げ受給した場合
  • 報酬比例部分の支給開始年齢62歳で受給した場合の報酬比例部分年金額:840,000円
    繰り上げ減額後の年金額:840,000円-(840,000円×(0.5%×36月)=688,800円
  • 老齢基礎年金:788,900円(平成23年度額)
    年金月額:788,900円-(788,900円×(0.5%×60月))=552,230円
    合計年金額:688,800円+552,230円=1,241,030円

この額を60歳から65歳になるまでの5年間受給すると、累計額は6,205,150円になります。
一方、繰り上げ受給しなかった場合には63歳から65歳になるまでの2年間の受給累計額は1,680,000円になります。
それぞれの受給額は下記の通りになります。

 

  60歳から 63歳から 65歳から
通常受給 0円 840,000円 1,628,900円
繰り上げ受給 1,241,030円 1,241,030円 1,241,030円
差額 +1,241,030円 +401,030円 -387,870円

60歳から繰り上げ受給した場合と、本来受給した場合の分岐点は下記の通り計算できます。

  • 6,205,150円-1,680,000円=4,525,150円(65歳時点のプラス額)
    4,525,150円÷387,870円(65歳からのマイナス額)=11.6666666≒11.7

つまり、65歳から11.7年後、繰り上げ受給を開始した60歳から16.7年後に、通常受給の累計額に逆転されます。
※差額加算は計算上無視しました。年金額はあくまで参考ですし、現時点での仮計算ですので、すべての方がこうなるわけではありません。実際の個々の試算は年金事務所等でご相談ください。

60歳以降の年金受給額もそれぞれ違いますし、がんや重篤な病気の人は別ですが、「自分が後何年生きるか?」ということは自分にはわかりません。繰り上げ受給することは当然不利益を受けることはありますが、今後支給開始年齢の引き上げが実施される以上、その方のおかれた生活状況に応じては選択肢のひとつとして検討の余地があると思います。ただし、請求をする前には十分検討をすることが必要であることは間違いありません。

  • 厚生年金の加入期間が1年以上ある女性や、共済年金を受給できる女性の場合
    女性で厚生年金の加入期間が1年以上ある人は60歳から年金を受給できますが、支給開始年齢の引き上げについては男性より5年遅れて実施されています。したがって、繰り上げ受給の仕組みも女性の場合は5歳(5年)遅れで実施されます。ただし、共済年金加入者については男女の区別がなく男性と同じ仕組みです。その為、女性で共済年金と厚生年金の両方から年金を受給できる方が繰り上げ受給する場合は非常に複雑になります。
  • 昭和24年4月1日以前生まれの男性(女性は昭和29年4月1日以前生まれ)で65歳未満の方の場合
    この生年月日に該当する方で、まだ65歳に到達していない人は特別支給の老齢厚生年金の定額部分を受給できますが、定額部分の受給が始まる前であれば、全部繰り上げと一部繰り上げという二つの方法で繰り上げ請求することができます。
  • 繰り上げ請求の手続きについて
    繰り上げ請求の手続きは、60歳以降に年金事務所等で行います。請求する前には見込み額を計算してもらえますので、十分検討し、納得してから行ってください。一度手続きをしてしまえば、後戻りすることはできません。
    また、年金事務所では将来の累計額を算出してくれます。何歳で総額が逆転するのかを出してくれます。参考にはなりますが、何度もいうように年金は損得で考えるべきではありません。繰り上げ請求をしなくても生活に困らないのであれば、通常通り受給するという選択肢もあって当然です。
社会保険労務士
土屋 広和
さいたま総合研究所人事研究会 所属
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