年金コラム

2012.04.04

厚生年金基金とAIJ投資顧問問題について

皆さんこんにちは。社会保険労務士の土屋です。
今回は厚生年金基金についてお話ししたいと思います。皆さんもご存知の通りAIJ投資顧問による不適正な資産運用問題により、その存続が危機に陥っている厚生年金基金(以下基金とします)ですが、筆者としては、いつかこのような問題が噴きだすのではないかと危惧していました。読者の皆さんの中には現実に基金から年金を受給している方や、現在基金制度のある会社にお勤めされていて、将来年金を受給される方もいらっしゃるので、正直他人事ではないというのがお気持ちかと思います。今回のケースの場合、1受給者や1従業員(加入員)のレベルではどうすることもできない問題ではありますが、この機会に基金制度について理解し、報道される情報についてはきちんと判断していく必要があるのではないかと思います。

厚生年金基金制度という仕組み

始めに基金制度についてすこし簡単に説明しましょう。基金制度は国の厚生年金保険制度を補完するという目的から、昭和41年から制度ができました。設立形態により、単独の企業で設立された基金を「単独型」、グループ企業など関連会社で設立した基金を「連合型」、業界団体や組合企業を中心に設立した基金を「総合型」と呼んでいます。基金は厚生労働大臣の認可を受けて設立され、バブル期には2,000を超える基金数がありましたが、現在は600を切る程度までに減少しました。現存する多くが総合型基金です。減少した原因は皆さんもご承知のことと思いますが、財政上の問題にあります。

基金は国の厚生年金保険の一部を代行しています。この代行とは、国に収めるべき厚生年金保険料の一部(免除保険料率といって基金毎に定められています)を基金に事業主(従業員と折半負担)から従業員負担分と一緒に掛け金として納付してもらい、上乗せ分(加算部分&プラスアルファ分)の掛け金(事業主が原則全額負担)と一緒に資産として運用しています(それだけ、運用する資産、パイが大きくなるわけで、収益もあげられたわけです)。厚生年金の保険料の一部(免除保険料分)を基金が受け取るわけですから、この代行する部分については基金が将来の給付を行います。また、基金は事業主から独自に掛け金を徴収し、国の厚生年金保険にプラスアルファや加算部分という上乗せ分を支給するよう定められています。この基金から独自に受ける給付内容については国から一定の制約はありますが、基金が独自に規約を定めていますので、一般の方には非常にわかりにくい制度となっています。

従業員(加入員)の毎月の賃金から控除される保険料についてですが、従業員の負担は原則として基金のない会社に働く人と同じです。従業員にとっては非常に有利な制度といえました。平成に入りバブルが崩壊し、財政上の問題が表面化するまでは、国の施策や支援もあり、大企業や業界団体は、税制上の問題や従業員の福利厚生を考えてこぞって基金を設立し、中小企業の事業主は加入する組合や総合型の基金の受託機関である生保や信託銀行を通して勧められ、基金に加入していきました。そうして2,000という数を超える基金が存在し、多くの方が基金制度に加入することになったわけです。

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バブル崩壊後の基金

基金は事業主や加入員から預かった掛け金を信託銀行や生保会社といった金融機関を通して運用し収益をあげ、その資産で給付を行っています。バブル崩壊までは資産はだまっていても一定の収益をあげることができました。また、昭和の時代は平均寿命も平成の今より長くはありませんでしたので、当初は負担と給付のバランスが取れ、基金に資産はたまっていきました。ところが、平成に入りバブルが崩壊しました。それまでは、だまっていても運用できていた利回りを基金は確保できなくなりました。中には成長が鈍化し、新入社員が増えるどころかリストラを実施するような状況の企業も多くなりました。当然保険料収入は減ります。ただし、その間も受給者は増加します。平均寿命も伸び続けます。従来の給付と負担のバランスのままでは、早晩制度が維持運営できなくなることは明らかです。こうした状況の中で、企業や業界・団体内の様々な諸事情のため、抜本的な対応策を十分取ることができなかった基金は徐々に負のスパイラルに陥っていったわけです。

国もそうした状況をだまって見ていたわけではありません。当初、基金の資産運用は加入員の将来の受給権を確保するという目的から、安全運用をすることを義務づけていました。いわゆる「5・3・3・2規制」とわれる仕組みですが、基金の資産の運用については安全資産(預金や国債や生保)に5割以上、リスク資産といえる株式に3割以下、外貨建て資産に3割以下、不動産に2割以下と定められていました。安全資産で利回りを十分確保できるうちは、この規制のままでも問題ありませんが、利回りが低下した以上、多少のリスクを負ってでも高い収益(リターン)を求めていかざるを得ません。国は基金の自主運用という名目で規制を平成9年12月に廃止しました。以降、基金は独自の方針を立て運用をせざるを得なくなったわけです。また、資産運用機関に投資顧問会社も全面的に参入できるようになりました。当然、基金側も投資運用の担当者をおき、それまで運用機関の担当者に事実上丸投げしていた運用方針を基金側でも担当することになったわけです。

単独型の基金であれば、一般的には大企業が多いので、会計や投資関係に強い人材を基金の職員として配置したり、あらたに投資の専門家を採用する等の対応がある程度はできましたが、総合型の基金の場合、中小企業の集まりですから、なかなか対応できる人材が少ないのが実情ですし、単体の企業ではありませんので、基金としての意思決定がなかなかうまくできないという状況がありました。そのため、多くの総合型の基金の場合、予定利率の変更や給付減額、掛け金引き上げといった対応が十分できなかったのでないかと思います(適切な対応を行った基金も当然ですが、多数あります)。そうした状況の中で、平成13年に確定拠出年金法が、平成14年に確定給付年金法が施行されたわけです。

確定給付年金と代行返上

現在の企業年金には二つの種類があります。一つは厚生年金基金を代表格とする「確定給付企業年金制度」です。文字通り、将来の給付額が確定している制度です。したがって、厚生年金基金は将来見込まれる給付額に到達するように加入員と事業主から預かった掛け金を運用し、運用収益を確保していかなければなりません。当然不足額が発生すれば、加入員と事業主から拠出してもらう掛け金を引き上げる必要や積立不足がおこれば事業主側が負担することになります。 もう一つが「確定拠出年金制度」です。いわゆる日本版401Kと呼ばれる制度が代表的なものです。文字通り、掛け金の拠出額が確定しています。ただし、将来の給付は運用状況次第になります。加入した人の資産は個人別勘定で管理され、資産の運用も自分で行います。当然ですが、将来の給付は自己責任になります。運用がうまくいかなければ元本を割るということもあり得ます。企業が不足額を穴埋めすることは制度上あり得ません。

確定給付年金制度は企業独自の給付を行う年金制度で、基金のように国の厚生年金の一部を代行しません。
国は新しい制度を作り、基金の代行返上を認めることにしたのです。また、同時期に会計基準の見直し(簿価を中心とした会計から時価を中心とした会計)も大企業は求められました。国もその後一定程度の給付額を加入員に保障するハイブリット型制度を作るなど、確定給付年金制度に移行しやすい仕組みを作りましたので、単独型や連合型の基金は競うように代行部分を返上し、確定給付年金制度等に移行していきました。
ところが中小企業の集まりである総合型の基金の場合はなかなか意志決定ができなかったり、代行部分にまで財政上の問題があり、代行返上や解散することができないため、多くの基金が制度をそのまま存続しているわけです(平成に入ってから設立された総合型基金の多くは設立要件も厳しく、比較的財政状況もよかったので、基金は当然ですが代行返上し解散しています)。

年金バランスシート(賃借対照表)

基金の財政状況と基金解散について

基金は厚生労働大臣の認可を受けて設立されます。したがって、基金の運営には国が係ることになります。財政上問題があれば、改善命令がだされ、存続運営することが最早できないと判断されれば強制的に解散も命じられます。現存する基金のうち、約3分の1以上の基金に財政上問題があるといわれています。財政上問題があるというのは現在基金が保有する資産に対して、基金独自の給付債務額どころか国の代行部分の給付債務にも足らないという財政状況にあるということです。基金が解散をした場合、国の代行部分にあたる原資(免除保険料部分)については、解散時点で国に返還しなければなりませんが、保有する資産が不足している場合には代行返上後、数年を掛けて事業主が代行部分を返還した上で解散することを国は認めています。単独型の基金のように母体企業が大手企業であれば、企業側が特別損失を計上してでも穴埋めするということができたかもしれませんが、中小企業の集まりである総合型の基金の場合はなかなか大手企業のようにはいきません。代行債務は解散後の事業経営にとってはかなりの重荷になります。もし、代行債務を共同で負う事業所の一つが倒産し、債務を負うことができなくなれば、倒産した企業の分は残った企業の事業主に加算されることになります。現実に基金の解散により連鎖倒産した例もあります。

予定利率について

基金が財政上の問題(代行割れ)を抱え解散した場合、加入員の受給権にも多大な影響を及ぼすことになります。そのため、国は基金が危機的状況に陥らないように、定期的に財政検証を実施するよう義務づけています。具体的には、継続基準(今後も基金が存続することを前提に資産を検証)と非継続基準(今、基金が解散すると仮定した場合で資産を検証)という二つの方法で、現在の基金の資産が給付を行える健全な状態であるかどうかを見るわけです。その際に、問題になるのが予定利率です。予定利率とは、現在保有している資産が今後どのくらいの利回りを得るか、という予測値のことです。

わかりやすく例をあげて説明しましょう。たとえば、現在40歳の社員が5人在籍するとします。この従業員が、年金(加算部分は一時金で受けることができます)を受給するときに必要な額が1人500万円とすると、5人分なので2,500万円が必要となるわけです。この2,500万円が必要なのは20年も先の話しですが、現在の基金が保有する資産と今後の掛け金を運用させて20年先には必ず用意しなければなりません。保有する資産がどのくらいの運用利回りを得ることができるかを、あらかじめ決めておかなければならないのです。
もし、必要額を確保できない利回り予測ならば、掛け金(負担)を引き上げるか、年金額(給付)を減額させるしかありません。ただし、勝手に給付減額することはできません。事業主や従業員の一定以上の同意が必要です。また、年金受給者の給付減額を実施する場合もありますが、その際には受給者の同意が必要となります。

最近ではJALやNTTの問題が報道されましたが、給付減額というのは基金にとっては非常に高いハードルです。したがって、総合型の基金ではかなり高い予定利率を設定していて、掛け金や給付減額を抑えているという現状が多いようです。

最後に

厚生年金基金の財政状況は、AIJの問題がでる前から非常に厳しい状況であったのは間違いありません。国としては、あくまで厚生年金基金の問題であり、存続することができないのであれば、基金を解散するか給付減額をするよう指導していたわけですが、現在、存続する基金の多くはどちらの選択も現実的に取ることができないという状況にあったわけです。

いずれにしても今回のAIJの問題を機に、今まで事実上たなざらしにされていた問題について、一定の解決を探るいい機会にして欲しいと切に望むのは筆者だけではないと思いますが、皆さんはどうお考えでしょうか。

社会保険労務士
土屋 広和
さいたま総合研究所人事研究会 所属
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