旅・レジャー

2009.03.12
広く青い空を背景に、堂々たる火口と雲のような噴煙を上げる雄大な阿蘇山。力強く、豊かな自然を感じさせるこの山は、熊本の魅力を体現していると言ってもいい。だが、雄大な山と美しい海に恵まれた熊本の魅力は"自然の豊かさ"だけではない。
その自然と関わって暮らしてきた、人の歴史の豊かさもまた、この土地が旅人を引き付ける魅力のひとつである。
温暖な気候、豊かな水、そして広大な丘陵を携えた熊本の地では、旧石器・縄文時代の遺跡が多く発見され、弥生時代には他地域に先駆けて稲作が始められ、青銅器や鉄器なども伝えられたと言われている。古来、豊かな土地であったからこそ、人々は集い、根付き、そして文化は花開いた。繁栄を重ね、「火の君」と呼ばれる豪族が出現し、九州一の大国となった熊本は、その後の武士の時代にも勢力をふるう。さらに後には、茶道や能をはじめとする芸術分野の育成も進み、自然のたくましさと人智の輝きの素晴らしい共存を実現した地となっていったのだ。
熊本は、かつての夏目漱石や、小泉八雲といった、偉大な文豪とも深いゆかりを持つ土地である。夏目漱石は東京の出身だが、英語教師として当時の熊本区(1889年以降は市制を施行して熊本市)にあった第五高等学校に赴任した。
漱石はその約5年間の滞在中に6度も転居をしたが、そのうちの5番目に住んだ、熊本市内坪井町の家を特に気に入っていたという。
濃い緑に囲まれたその家は、よく手入れの行き届いた和風建築で、ある一室だけが応接用のモダンな洋間となっていた。現在ではその洋間に漱石の遺品が飾られ、当時の暮らしぶり、漱石の息吹が感じられる「夏目漱石記念館」として、旅人の訪れを歓迎している。
足を踏み入れれば、丁寧に整えられた日本庭園の緑が目に美しく、時間が経つのも忘れて佇んでしまう。時間を超えて憧れの文豪の素顔に触れたような、静かな興奮が沸きあがってくるだろう。
また、怪談で有名な「パトリック・ラフカディオ・ハーン」こと小泉八雲も、漱石が赴任してくる以前に、同じく第五高等学校で英語教師をしていた。現在熊本に残されている「小泉八雲熊本旧居」に滞在していた頃には、著書「知られざる日本の面影」や「東の国から」などを執筆したと言われている。
漱石、八雲―ー彼らの著書を手にしながら、二人の文豪の愛した街を巡るというのも、熊本への旅のひとつの選択肢だ。たとえば漱石の名著「坊ちゃん」のゆかりの地、愛媛県松山市には、漱石が過ごした宿はもちろん、漱石に多大な影響を与えたとされる正岡子規の生家や記念館があるので、それらを訪れることもできる。
八雲の場合は、名著「怪談」の舞台となった島根県松江市へ訪れ、物語にまつわる場所を訪ね歩くというのも一興だ。
文豪の書を片手に、当時の面影をたどりつつ時代をかける旅というのには、なかなか味わい深いものがあるはず。ぜひ、実際に体験してみてほしい。