旅・レジャー

2012.02.09
本格的な寒さが続くとはいえ、暦の上では春を迎えました。古い風習に従って、立春に雛人形を飾ったご家庭もあるでしょう。お雛さまが部屋に飾られると、寒々とした冬の空気が心なしか和らぎ、華やいだように感じられます。近ごろは住宅事情のためか、大きく豪奢なものよりも、コンパクトで可愛らしいものが好まれる傾向にあるようですが、雛人形を飾るという行為は、女性であればいくつになっても心躍るイベントなのではないでしょうか。
雛人形の有名な産地といえば、埼玉県さいたま市の岩槻(いわつき)。雛人形ばかりではなく、五月人形の生産量でも日本一を誇ります。人口約10万人の町に、100を超える人形工房や卸小売店が軒を並べ、駅前の時計台や店のショーウィンドウなど、あちらこちらで新旧さまざまな人形と出会うことができます。
また、岩槻城の城下町としてそこかしこに歴史の面影をとどめており、江戸時代にタイムスリップしたような情緒あふれる街並みも魅力。暖かな日差しが降り注ぐ休日、のんびり散策するにはぴったりの町です。
この町が人形づくりで全国に名を馳せるようになるまでには、長い歴史がありました。
もともと岩槻は、江戸時代に日光御成街道の宿場町として栄えた場所。日光御成街道は日光街道の脇街道で、将軍が日光東照宮に社参する際に利用された道。将軍様「御成り(おなり)の街道」というわけです。その宿場町であり、岩槻城の城下町でもあった岩槻は、武蔵国東部の中心地として大いに賑わっていました。
日光東照宮の造営にあたっては、三代目将軍である徳川家光公によって全国から優れた工匠(こうしょう)が集められました。日光御成街道最大の宿場町であった岩槻には、造営や修築に携わった工匠たちが足をとどめ、住み着くようになったといいます。岩槻は古くから良質な桐の産地であったため、下駄やたんすなどの桐細工で生計を立てることができたのです。
下駄やたんすをつくる過程では、材料である桐から大量のおがくずが出ます。桐の粉は人形の頭をつくるのに適していたため、やがて工匠の中に人形づくりを手がける者が現れ、その技術を広めたのだそうです。
しかし、岩槻の人形づくりは、単なる桐細工の副産物というには留まりません。岩槻に伝わるのは、桐の粉をしょうぶ糊で固め、カキや蛤などの貝殻を粉末にした胡粉(ごふん)を塗って仕上げる「桐塑(とうそ)人形」の技法。人形の命ともいえる肌ツヤの美しさは胡粉の塗装で決まるといっても過言ではありません。さらに、発色をよくするためには胡粉を溶かす水の質が非常に重要ですが、幸運にも岩槻は、その水にも恵まれていたのです。
良質な桐の粉と良質な水、そして高い技術を持った職人。そのすべてが岩槻には揃っていました。岩槻でつくられる人形は、幕末には岩槻藩の専売品に指定されるほど重要な産業になり、今に至っています。また、平成19年には経済産業大臣から伝統的工芸品に指定されました。
今なお、高い技術を有する人形職人たちが活躍する岩槻。その作品の出来栄えは、たとえ人形に興味のない方であっても、ため息を誘われることでしょう。また、岩槻の桐塑人形は、丈夫で壊れにくく、精巧なつくりが特徴です。江戸時代から伝わる雛人形も数多く現存。歴史的、美術的に価値のある、素晴らしい人形たちがこの町に集積しています。
そんな岩槻人形の魅力をいちどきに味わえるのが、2月18日(土)から3月11日(日)にかけて開催される「まちかど雛めぐり」。毎年、桃の節句の前後に併せて行われるイベントです。「雛めぐり」の期間中は、それぞれの工房で職人たちが丹精こめてつくり上げた雛人形、新進作家による創作雛人形、商店や旧家に伝わる古い雛人形などが、町のそこかしこを飾るのです。
ひと口に "雛人形" といっても、時代も特徴もさまざま。その歴史的背景を知ると、もっと「まちかど雛めぐり」が味わい深いものになるかもしれません。
「雛めぐり」の期間中は、人形工房や人形店ばかりではなく、それぞれの家や商店に伝わる人形も一般公開されます。江戸から昭和にかけての人形展示や八雲神社の四神展示、人形ミュージアムなど、見て回るだけでも存分に楽しめますが、木目込(きめこみ)人形やつるし飾りの制作体験も可能です。また、飲食店や菓子店がそれぞれ用意する魅力的な「雛めぐり限定メニュー」にも、きっと目移りしてしまうことでしょう。
春まだ浅い時期ではありますが、岩槻の「雛めぐり」で桃の花がほころぶ気配を探してみてはいかがでしょうか。
« 前の記事へ 次の記事へ »