趣味・教養

2011.10.12
冒険家として、また登山家として、今なおその名を知られる植村直己さん。日本人初の世界最高峰エベレスト登頂(松浦輝夫氏とともに)、世界初の五大陸最高峰登頂成功や犬ゾリによる北極点単独到達など数々の偉業を遺しています。このたび植村さんの誕生70周年を記念した切手シートが、グリーンランドから発行されました。グリーンランドは、彼の冒険人生を語る上で欠かせない、ゆかりの深い土地です。美しい切手シートをご覧いただきながら、植村直己さんの冒険の軌跡をたどってまいりましょう。
1941年2月12日、兵庫県日高町で7人兄弟の末っ子として生まれた植村直己さん。子どものころから自然に親しみ、小学校の授業が始まる前には友だちの机の引き出しに虫を入れては驚かせるような、やんちゃ坊主だったそうです。
高校卒業後、いったん就職するも仕事を辞めて明治大学に入学。国内トップクラスと言われる山岳部に入部します。卒業後は、「外国の山に登りたい」という夢を抱いて渡米。しかし、登山資金稼ぎのためのアルバイトが不法就労とみなされ、捕まってしまうのです。移民調査官に「アルプスの山に登りたい」という夢を語ったところ、すぐにヨーロッパへ渡ることを条件に、強制送還を免れました。
フランスへ渡り、単独でモンブラン登頂を目指した植村さんでしたが、結果はまさかの「失敗」。氷河を渡る途中であやうく命を失いそうになり、恐ろしくなって引き返してしまうのです。単独登山の厳しさをはじめて味わった、若き日の貴重なエピソードです。
苦い経験を経た植村さんでしたが、ここから快進撃がはじまります。1965年には、当時前人未到の山であったヒマラヤのゴジュンバ・カンの登頂に成功。その翌年には、かつて挫折したヨーロッパ・アルプス最高峰のモンブラン、そしてマッターホルンを単独登頂で征します。続いて、アフリカ最高峰のキリマンジャロ、南米の最高峰アコンカグアにも挑戦し、いずれも単独登頂で成功を収めました。
こうした実績が認められ、日本山岳会のエベレスト遠征隊に加わった植村さんは、1970年には松浦輝夫さんとともに、日本人初となるエベレスト登頂にも成功。同じ年にアラスカ、マッキンリーの単独登頂に成功し、ついに世界初の五大陸最高峰登頂という偉業を達成したのです。
1971年に参加したエベレスト南西壁国際隊で、国籍の違うメンバーのいさかいがもとで登頂に失敗した経験から、植村さんのこだわりは「単独での冒険」へと傾いていったと言います。そして犬ゾリ単独行で、1973年にグリーンランド3,000km、1974年に北極圏12,000km、1978年4月に世界初の北極点到達、同年8月にはグリーンランド縦断成功など数々の冒険に挑み続け、大きな成果を手中にすることとなるのです。
冒険で世界をまたにかける植村さんにも、いまだ達成できない目標がありました。それは、南極。植村さんは、1982年に南極大陸3,000kmの犬ゾリ単独行と南極最高峰ヴィンソン・マシフ登頂を目指しますが、南極アルゼンチン軍基地での準備滞在中、フォークランド紛争が勃発。イギリスと戦争になったアルゼンチン軍の協力を得られず、サポートを絶たれてしまいます。
夢であった南極での冒険を断念せざるを得なくなった植村さんですが、南極大陸にかける思いは、生涯強くあり続けました。
当時、すでに42歳になっていた植村さんは、彼のもうひとつの夢「アウトドア教室の開講」に思いを馳せるようになります。1983年には、野外教育の指導法を学ぶため、ミネソタ州の「ミネソタ・アウトワード・バウンド・スクール」に参加。その冬には、世界初となる厳冬期のマッキンリー登頂計画が発表されました。
この計画は、周囲にほとんど知らされず、スポンサーもないまま突然発表されたため、なぜこの時期だったのかは、いまも謎に包まれています。理由は諸説ありますが、無謀とも思えるチャレンジを成功させることで、南極冒険へ望みをつなげたいとの思いがあったと言われます。1984年2月12日、くしくも自身43歳の誕生日に、マッキンリー厳冬期単独登頂を果たした植村さん。しかしながら、下山途中で消息を絶ってしまい、現在に至るまで発見されていません。
植村さんの生前の功績を顕彰し、日本政府は1984年4月19日に国民栄誉賞が贈られました。また同年、デンマーク政府も1978年8月にグリーンランド縦断に成功した際の到着地点であった南端の「ヌナタック峰」を新たに「ヌナタック・ウエムラ峰」と呼称するよう決定しました。
そして没後27年を経た今年(2011年)は、世界的な冒険家・植村直己の誕生70周年にあたります。植村さんの冒険の重要な舞台であり、犬ゾリの扱いをはじめ植村さんに極北の地で生きる術を教えたイヌイットの住むグリーンランドから、1978年のグリーンランド犬ゾリ単独縦断を讃える切手が発行されました。
切手シート地の写真は、1978年8月のグリーンランド氷原を北から南へ、帆をかけた犬ゾリで単独縦断中の植村さん。切手には、彼の肖像画と「ヌナタック・ウエムラ峰」がデザインされています。どこまでも続く白い氷原と赤い帆を張る犬ゾリのコントラストが鮮烈で、高潔な美しさを感じさせる一枚。冒険心を掻き立てられるような雄大なデザインを、ぜひお手元でご覧ください。
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