趣味・教養

2011.04.13
幕末から明治にかけて、憲法、産業、医療、そして軍事にいたるまで、日本に大きな影響を与えたドイツ。近代日本の礎は、この国なくしては語れません。勤勉といわれる国民性もどこか通じるものがあり、現在でも親しい国のひとつです。そんな日独は、今年2011年に交流150周年を迎えます。これを記念して、ドイツから両国の世界遺産をデザインした切手が発行されました。今回は、日独友好の歴史とともに、美しい新作切手をご紹介いたします。
まだドイツが「プロセイン」と名乗っていた1860年のこと。フリードリヒ・アルブレヒト・ツー・オイレンブルク伯爵を中心とする東方アジア遠征団が、現在の東京である江戸に到着。翌1861年に日本と修好通商および航海条約を結び、両国の交流が始まりました。
1880年代には、多くのドイツ人学者や技術者が日本を訪れるとともに、陸軍および海軍の士官候補生をドイツ帝国の軍教育施設に送り込むなど、積極交流が行われたそうです。ちなみに、軍医候補生である森鴎外がドイツに留学したのもこのころ。また1889年(明治22年)に発布された日本最初の憲法草案起草は、ドイツ憲法を手本にしたといわれています。
条約締結からいくたびもの戦争を経験し、都度さまざまな危機にも見舞われた両国関係ですが、現代では経済、文化などさまざまな側面でよきパートナーとして、関係を強化しています。そして2010年秋から2011年秋までの1年間、日本の皇太子殿下とドイツのクリスティアン・ヴルフ大統領を名誉総裁に、「日独交流150周年」を実施しています。多彩な記念行事の開催や、要人の相互訪問などが行われているのです。
これから秋にかけて、大規模なロックフェスティバルやワインフェスティバルなど、両国政府や大使館などが中心となった楽しいイベントも盛りだくさん。姉妹都市の自治体や民間企業でも記念事業を行っているところがたくさんあるので、日本中でよりいっそうドイツが身近に感じられるのではないでしょうか。
この日独交流150周年を記念してドイツから発行された切手2種は、日本の「薬師寺」、ドイツの「レーゲンスブルク」と、2つの世界遺産がデザインされています。
薬師寺は、法相宗(ほっそうしゅう)の大本山。その歴史は古く、680年に天武天皇が皇后の病の治癒を願って創建を発願したと伝えられています。その後、持統天皇、そして文武天皇へと御世が変わりますが、薬師寺が完成したのはこの頃のこと。天武天皇の発願から実に18年、切手のモチーフでもある双塔を従えた堂々たる金堂が完成し、その美しさにだれもが目を奪われたそうです。710年の平城遷都で、現在の奈良市西ノ京町に移建。その後、何度か火災の被害に遭い主要な建築物が消失しますが、人々の浄財により復興、再建され、現在の姿となりました。1998年には、東大寺や興福寺ほか8ヵ所の歴史的建造物などとともに「古都奈良の文化財」の一つとして、世界遺産に登録されています。
一方、レーゲンスブルクは、バイエルン州にある静かで美しい川沿いの街。切手のデザインでもわかるように、ゴシック様式の大聖堂の尖塔と旧市街の美しい景観が有名です。古代ローマ時代に開かれたカストラ・レギーナ(「レーゲン川沿いの要塞」の意味)が、街の名前の由来。ドナウ川とレーゲン川の合流点であることから、中世には賑わいあふれる交易地としての役割も果たしていました。世界遺産に登録されたのも、そんな華やかな時代を今に伝えるドナウ南岸の旧市街と、対岸シュタットアムホーフにある旧聖カタリナ慈善病院です。
日独それぞれの一時代を鮮やかに彩り、美しい建築物や風景を今に伝える、2つの世界遺産。歴史の息吹に魅せられて、多くの人々が訪れる観光スポットでもあります。両国の未来まで続く友好関係の通過点としても、交流150周年の貴重な資料としても、価値ある切手となっています。ぜひこの機会にお買い求めのうえ、お手元で末永くお楽しみください。
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