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趣味・教養

切手~小さな四角の世界~

2008.09.10

モノクロ・ポートレートが語る大女優の魂

黄金比のマスクを持つオードリーで完成する 光と影の織りなす芸術

「スクリーンの妖精」として知られる大女優、それがオードリー・ヘップバーンです。権威ある米国映画協会が選出した「もっとも偉大な女優50選」でも、第3位に名を連ねるオードリーの、ため息が出るほど美しい一枚の写真。これが、切手となっていることをご存じでしょうか?今回は、カナダの著名な写真家ユーサフ・カーシュにより撮影された、モノクロ・ポートレートの切手帳をご紹介します。

世界で最も愛された女優の美を捉えた、一瞬の奇跡を切手に

美しさ、気高さだけでなく、世界中で最も"愛された"女優。そう言われて思い出されるのは、オードリー・ヘップバーン(Audrey Hepburn、1929.5.4-1993.1.20)ではないでしょうか。
ベルギーのブリュッセルで生まれたオードリーは、5歳からイギリスで暮らし、10歳の頃に第2次大戦が勃発すると、オランダへ移住しました。オランダで習い始めたバレエで頭角を現し、15歳で、すでに有能なバレリーナになっていたそうです。
第2次大戦が終結すると、ヨーロッパの映画や舞台で脇役などをこなしていましたが、この演技を見た女流作家のコレットは、「私のジジを見つけたわ!」と大喜び。自作のブロードウェイミュージカル『ジジ』の主演に、オードリーを抜擢しました。オードリーもこの大役を見事に果たし、演劇界にその名が高まりました。
また、同時期に受けた『ローマの休日』(1953)のオーディションでも、みごとにアン王女役を射止め、念願のハリウッドデビューを飾るとともに、瑞々しい演技で、新人ながらアカデミー主演女優賞を受賞。一躍ハリウッドスターの仲間入りをしたのです。

オードリーは日本でも、その清楚な顔立ちから「スクリーンの妖精」の愛称で親しまれ、演技はもちろん『ローマの休日』でのショートカットや、『麗しのサブリナ』(1954)で身に付けた細身の七分丈パンツが、それぞれ「ヘップバーンカット」「サブリナパンツ」として大流行するなど、ファッションも時代の女性たちを魅了しました。

表紙

切手の写真は、ハリウッドデビューから3年後の、1956年に撮影されたものです。『ローマの休日』『麗しのサブリナ』に続き、大作『戦争と平和』 (1956)に出演した27歳の頃のオードリーの横顔...。そこには、美しさや気品とともに、女優としての静かな自信があふれているようです。彼女の顔の造形は、かのガリレオ・ガリレイも提唱したとされる、人が最も美しいと感じる比率「黄金比」が見受けられるといいますが、まさに、美しさを超えた神々しささえ感じる一枚ですね。

そして、この写真を撮影したのはカナダの写真家「ユーサフ・カーシュ(Yousuf Karsh 1908.12.23-2002.7.13)」です。
カーシュは写真を通じて「被写体の内なる魂に秘められた真実をありのままにし、見る人の感情を揺さぶる」ことを目指し、濃厚な光と影が織り成す作品の芸術性の高さから、「カーシュに撮られることが世界のセレブリティであることの証しである」といわれるほどの写真家でした。彼は、J・F・ケネディをはじめとする12人のアメリカ大統領をはじめ、アインシュタイン、シュバイツァー、ヘミングウェイ、ピカソ、日本人でも湯川秀樹や川端康成など、そうそうたる著名人の写真を撮影しています。

第2次世界大戦さなかの1941年には、苦境に立たされていた連合軍の一員、イギリス首相チャーチルのポートレートを撮影。その際、わざとチャーチルから愛用の葉巻を取り上げ、不機嫌になったその一瞬の表情をとらえたという逸話が残っています。
この写真は「怒れる獅子」と呼ばれ、不屈の英国を象徴する強烈な一枚として、チャーチルが亡くなった年にイギリス(1965.7.8)とアメリカ(1965.5.13)両国で発行された哀悼記念切手の図案にもなっています。
他にも「エリザベス女王即位50年(2002.2.6)」5種のうち、45ペンス1種にユーサフの写真が採用されるなど、世界各国でユーサフのポートレートをデザインした切手が、発行されています。

切手名称:オードリー・ヘップバーン(セルフ糊)切手帳
発行国:カナダ
発行日:2008年5月21日発行
切手帳表紙サイズ:ヨコ97×タテ127ミリ

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