趣味・教養

2010.03.24
中世ヨーロッパの王侯貴族に愛された、東洋の「磁器」。その白さとつややかさ、硬さと繊細さは、欧州の上流階級の人々からも愛されました。そんな磁器をヨーロッパで初めて生産した「マイセン」が、2010年には工場の開業から300年を迎えます。今回は、その記念の年にちなみ、旧東ドイツ発行の「マイセン」切手をご紹介します。世界一と評されるその美しさを、切手でも堪能してみましょう。
純白で薄く硬く艶やかな硬質磁器を作る技術は、17世紀頃のヨーロッパにはまだありませんでした。そのため、遠い東洋から持ち帰られた中国の磁器や日本の伊万里などが、欧州列強の王侯貴族たちに珍重されており、各国では競って磁器の研究に取り組んでいました。
中でも、ドイツのザクセン選帝侯アウグスト2世(アウグスト強王:1670年~1733年)は、屈指の東洋磁器蒐集家として知られ、アウグスト軍に属する兵士600名とプロイセン竜騎兵の壷151個を交換したという話も残っています。なんとしても自分の手で、磁器を作りたいと躍起になっていたころ、折よく王のもとに19歳の錬金術師、ヨハン・フリードリッヒ・ベドガーが現れました。王は彼に磁器の開発を命じ、1709年、ベドガーはフォークラント地方にあるアウエ鉱山のカオリンを原料として、白磁の開発に成功します。王はこれを受けて、翌1710年、マイセンのアルブレヒト城内に「王立ザクセン磁器工場」を設立。ここに、マイセンの歴史が始まったのです。
その後のマイセンからは、日本の有田焼をはじめ、東洋の影響を受ける数々の作品が初期作品として発表されます。そして1720~1730年代になると、ヨーロッパ的なゴージャスさを持つロココ調の作品が主流になりました。
1764年には、工場内に芸術学校も創設され、現在まで受け継がれるたしかな技術と新しい感覚の融合で、芸術価値の高い作品を世に出し続けています。
さて、マイセンといってまず思い出す食器のデザインは、「ブルーオニオン」と呼ばれる青い植物柄ですが、これは1739年にJ・D・クレッチマーが下絵付け用のコバルトブルーの着色材を発明し、中国のザクロ文様を絵付けしたことに始まります。ザクロ文様なのにオニオン?と疑問を持ちますが、これは当時のヨーロッパはザクロが一般的に知られておらず、文様をタマネギと間違えられてしまったためなのだそうです。
こうしたテーブルウェアのほか、人間や動物をモチーフにしたフィギュアにも定評があります。これらは現代でも「マイセン人形」として知られ、世界中にコレクターが存在しています。その卓越した造形美は、その歴史の中で名を残すヘロルト、ケンドラーほか多くの優秀な造型師や絵付け師により完成されたもの。そして、「シュヴェルトラー」と呼ばれる専門絵師だけが描くことを許される、マイセンのトレードマーク「双剣」は、刃や鍔の傾きなどが年代によって変化しているため、現在では、作品が作られた時期を知る重要な手掛かりともなっています。
かつてはプロセイン戦争の敗北で大量に略奪され、今でも種類によってはかなりの高額で取引されるなど、常に世の人々から熱いまなざしを向けられているマイセン。その人気から、旧東ドイツ時代には、何度も切手のデザインへと採用されています。
西洋白磁のトップに君臨する「マイセン」からセレクトされた、名品中の名品がデザインされた切手たち。ぜひこの機会に、みなさまもお手元に置かれて、しばし中世ヨーロッパの王侯貴族気分に浸ってみてはいかがでしょうか。
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