趣味・教養

2009.09.24
切手の図案は念入りにデザインされるもの。しかし、時には思わぬ間違いが起こります。たとえば、郵便局会社北陸支社発行の富山県高岡市「開町400年」を記念したふるさとフレーム切手で、「立山連峰」の文字が「立山連邦」と誤表記されたまま発売され、回収・刷り直しとなり大ニュースとなったのは記憶に新しい"間違い"です。ところが、こうした文字やデザインの誤植が「稀少」であるとして、意外にも好事家に人気が高い一枚となっています。今回は、図案の間違いや誤植など、著名な過去の"間違い"切手のトリビアをご紹介します。
1956年、旧東ドイツから作曲家ロベルト・シューマン没後100年を記念して、楽譜を背景としたシューマンの肖像を描いた切手が発行されました。しかし描かれた楽譜は当のシューマンの作品ではなく、なんとシューベルトの歌曲「さすらい人の夜の歌」。間違いを指摘された東ドイツ当局は大あわてで販売中止を通達するも、すでに切手はほとんどが売られてしまっていたため、回収はできませんでした。そこで、楽譜をシューマン作曲の「月の夜」に訂正した切手を再発行して、この騒動は一件落着をみたということです。
ちなみにシューマンとシューベルトは、どちらもロマン派の大作曲家として知られていますが、シューマンから見てシューベルトは大先輩。シューベルトの死後、彼の兄の家を表敬訪問し世に発表されないまま埋もれていた「交響曲8番(ザ・グレート)」を発見したことでも知られています。そんな憧れのシューベルトの曲と取り違えられたシューマンは、天国で恐縮しているかもしれません。
どちらにしてもクラシック、とりわけロマン派好きの方には、見逃せない逸品です。お知り合いの音楽ファンにプレゼントして「どこが違うでしょう?」と、間違い探しをしてもらうのも面白いかもしれません。
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ルネ・デカルト(1596年3月31日~1650年2月11日)は、フランスの哲学者・自然哲学者・数学者。「我思う ゆえに我あり(コギト・エルゴ・スム)」という命題をあらわした「方法序説」ほか、近代哲学に大きな功績を残したことで知られます。
デカルトは、それまで学術論文といえばラテン語で書くのが通例であった時代に、母国語のフランス語を使用するという画期的な手法をとりました。しかしこの「方法序説」出版300年を記念するフランス発行の切手では、図案に描かれた「方法序説」の文字が実際の「Discour de la Methode」ではなく「Discour sur la Methode」と誤って描かれて、surをdeに訂正したものが後から発行されました。しかし、訂正したdeの文字が、訂正する前のsurと違ってあまりに直線的に描かれてしまっているため、訂正したことが明確すぎて、配慮が十分でないという声もあったそうです。
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イタリアで発行された「シンプロン・トンネル開通50年」記念切手は、その間違い数の多さから「間違い切手のチャンピオン」として世界的に有名な一品です。さて、ではどこが間違いなのかというと...?
...など、思わず驚いてしまうほどの間違いぶり。間違いが判明した時には大半の切手が売れてしまっていましたが、回収もされず、また訂正切手の再発行もされませんでした。こんなエピソードにも、どこかおおらかなイタリア気質を感じさせる切手です。
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トンネル切手のエラーでは、日本もイタリアの切手を笑えません。1962年に発行された「北陸トンネル開通」記念切手は、最も間違いの多い日本切手として有名です。さて、どこが間違いかというと...
...など、こちらもかなりの間違いが指摘されています。
これは工事日程が遅れ、前年に撮った写真と完成予想図だけで原画を描いてしまったことが、エラー多発の大きな原因だったそう。まさに、痛恨のケアレスミスですね。
しかし当時の郵政省幹部がこのミスを発見したのは発行日の2~3日前。あまりに誤りが多いため、一時は発行停止も考えられましたが、すでに全国の郵便局に配布ずみで、もし誤って売られた場合の混乱を考慮し、そのままの発行となりました。とはいえ、間違いもここまで多ければ、むしろ自慢の種。「ありえないデザイン」の切手としてコレクションするのも、面白いのではないでしょうか。
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