趣味・教養

2009.04.22
いよいよ春本番。競馬の世界でも、4月は「桜花賞」「皐月賞」、5月には「天皇賞(春)」「日本ダービー」など、多くのG1レースが開催されるとあって、競馬ファンにはわくわくする季節を迎えます。今回の「アートな切手たち」では、古くから人間に愛されてきた競争馬たちの躍動感を写し取った、世界の競馬切手を特集いたします。
16世紀イングランドに発祥の起源を持つ近代競馬の歴史をみると、この競技が単なるギャンブルとしてだけでなく、上流階級の社交場としての意味を持っていることに気づきます。鍛え抜かれた美しい競走馬とそのレースは、しばしば絵画や彫刻など芸術の題材にも使われてきました。
それは切手の世界においても例外ではなく、1907年には世界第1号の競馬切手とされるペルー発行の「サンタベアトリーズ競馬場」が発行され、現在では世界80ヶ国を超える国々から400種類以上も発行されているといわれます。
これら競馬切手の中から、戦前ドイツで発行され、ナチスが国民の意識高揚に利用したレースの記念切手と、日本から発行されたJRA(日本中央競馬会)にちなむ競馬を題材とする切手をご紹介しましょう。
何よりも血統が重視される競馬は、かつてナチスにとって格好のプロパガンダ(思想誘導)材料となっていました。ヒトラーは競馬レースを熱心に開催し、国民に闘争心と優秀な血統に対する信仰を植え付けたとされています。中でもミュンヘン市北東に位置するリームの競馬場で開催されていた「ブラウン・リボン競馬」は、当時のドイツ国内最大レースで、1936年の第3回大会を記念した小型シートをはじめ、1944年までレース開催の記念切手が発行され、そのどれもが、躍動感に満ちた良血統の馬たちをモチーフにしています。
また、このほか戦前のドイツでは「ウィーン大賞」「ブルー・リボン競馬」「フラウデナウ大賞」など多くの競馬レースを記念した切手が発行されていました。これは、欧米など各国との緊張状態から第二次世界大戦にいたるまでの戦費捻出の意味合いもあったとされています。
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ところ変わって日本では、1923年に公布された旧競馬法25周年と第15回日本ダービーを記念して、1948年に競馬を題材とした「競馬法交付25周年記念日本ダービー」の記念切手が初めて発行されました。この切手の発行で、1907年ペルー、1936年ドイツ、1946年オーストリアに次いで、日本は世界4番目の競馬切手発行国となったのです。
以後国内では、1983年の「第50回日本ダービー記念」、1989年の「第100回天皇賞競走記念」など、日本中央競馬会(JRA)が開催したメモリアル重賞レース記念切手が数多く発行されています。
近年では、2004年の日本ダービー前々日にあたる5月28日に、JRA創設50周年を記念して、競馬の名シーンを題材に「中央競馬50周年」記念切手が発行され、切手ファンや競馬ファンの注目の的となりました。
競馬ファンの記憶に残る三冠馬ミスターシービー号が優勝した「第50回日本ダービー記念切手」のデザインは、前面に初々しい子馬、背景には前年のダービー覇者バンブーアトラス号を配し、若々しい駿馬の息吹が伝わってくる1枚となっています。
バンブーアトラス号は、1981年10月4日に京都競馬場でデビュー。初戦こそ3着でしたが、翌年には破竹の勢いで連勝街道をひた走り、5月に開催された日本ダービーでは当時のレコードタイムで優勝を飾りました。ところがその年、菊花賞の前哨戦である神戸新聞杯で3着の後発症した故障で、そのまま引退。1年という短い競技生活を終えてしまいます。1989年にその子バンブービギンが、父の果たせなかった菊花賞で勝利を勝ち取った際は、大きなニュースになりました。
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1989年10月29日、東京競馬場で開催された「第100回天皇賞」を記念し発行された切手図案でモデルとなった馬は、1965年の第52回天皇賞(秋)ほか、1964年に皐月賞、東京優駿(日本ダービー)、菊花賞のクラシック三冠を制し、翌1965年には有馬記念、天皇賞(秋)でも優勝。「史上最強の五冠馬」と呼ばれたシンザン号です。1996年7月13日に大往生したシンザンは、日本サラブレッド最長寿記録や軽種馬最長寿記録という、現役時代と同じく記録尽くしの余生を送りました。
ちなみに第100回天皇賞では、現在JRA歴代最多勝利記録を保持するジョッキー武豊が乗る、スーパークリーク号が優勝しています。
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「中央競馬50周年記念切手」にも、歴代の名馬たちが登場しています。
左は、第22回有馬記念競走におけるテンポイント号とトウショウボーイ号。昭和52年の第22回有馬記念競走(中山競馬場)において、それぞれ1、2着となったテンポイント号とトウショウボーイ号が、第4コーナーで馬体を合わせて疾走する名場面がデザインされています。このレースは日本中央競馬会の機関誌「優駿」で、平成15年に実施された「伝説の名レース・名勝負」でも、第1位に選出されました。
そして右は、第61回日本ダービーで優勝したナリタブライアン号の、ゴール直後の姿となっています。ナリタブライアン号は、平成12年日本中央競馬会の「20世紀の名馬100」ファン投票において、堂々の第1位を獲得。今でもファンの間では語り継がれるほどの、人気と実力を兼ね備えた名馬です。
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