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趣味・教養

切手~小さな四角の世界~

2008.01.31

グリム童話を描いた切手1

子どもの頃に慣れ親しんだお話といえば『桃太郎』や『花さかじいさん』。そして『赤ずきんちゃん』や『白雪姫』『シンデレラ』など、西洋のおとぎ話 も忘れることができません。ご存じのようにこれらのお話は『グリム童話集』から世界中に広まったものですが、多くの研究者のテーマになる謎めいた部分もあ るのが事実。今回は懐かしいストーリーをたどりながら、童話の秘めた奥深さに触れていきましょう。

大学教授であり、言語学や歴史学にも功績のあるグリム兄弟

西ドイツ[1959年発行社会福祉4種『星の銀貨』]
発行日:1959年10月

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グリム童話を記したのは、ヤーコブ(右)とヴィルヘルム(左)のグリム兄弟。兄ヤーコブは1785年、弟ヴィルヘルム は翌年にドイツ中西部のハーナウで生まれました。9人兄弟の長兄であった2人は若くして亡くなった父親の代わりに弟妹を養うべく、精力的な研究・執筆活動 に励みます。多くの著書を持ち、言語学や古代史、民俗学にも功績があるのです。

グリム童話集の初版が出版されたのは1812年のクリスマス。愛国精神からゲルマン民族の歴史や神話に関心が集まっていたこの時期に、ドイツ地方に古くから伝わる「おはなし」を蒐集(しゅうしゅう)・編集したものです。
その美しい文体とともに世界中の人に愛されるようになったグリム童話は1959年、旧西ドイツで児童福祉のための付加金付き切手のモチーフに選ばれまし た。1967年までに36種が発行される大ヒットとなったこのシリーズは、旧東ドイツでも1966年から1978年に6種ずつ発行されています。

赤ずきんちゃんは、どんなずきんを被っていた!?

ヨーロッパに広く伝わる民話がベースとなった『赤ずきん』。主人公の少女がいつも被っていた赤いずきんとは一体どんなものだったのでしょう……?

ドイツ民族衣装に見られる赤いリボンを頭頂部に巻いた小さな飾りとも、フランス貴族階級の女性の帽子ともいわれています。ところが、この物語が広 まっていく過程で、より庶民的に農婦たちが被る質素なフード付きマント、ただし“真紅色の洒落たもの”という形に落ち着いたようです。

なお、複数の編者による創作が、現在の『赤ずきん』を形づくってきたことが、多くの研究でわかっています。少女に赤いずきんを被せたのは、1697 年『ペロー童話集』を出版したフランスのペローで、猟師がオオカミのお腹を切って赤ずきんとおばあさんを助け出すハッピーエンドを加えたのが、グリム兄弟 です。

西ドイツ[1960年発行社会福祉4種『赤ずきん』]
発行日:1960年10月

白雪姫の髪はなぜ黒い!?

悪いお后(きさき)が「鏡よ鏡、この世で最も美しいのは誰?」と尋ねるこの鏡こそ、伝承にないグリム兄弟の創作です。 ただし、「井戸や湖に姿を映して器量比べをする」というモチーフはアジアの物語に古くから表れているので、神話研究家でもあった彼らならではの脚色と言え るかもしれません。

「雪のように白い肌、血のように赤い頬、黒檀のように黒い髪」と表現される白雪姫の美しさも、グリム兄弟の時代の流行を反映したもの。黒髪が珍重されて、美しいブロンドをわざわざ黒く染める女性が多かったのだとか。

西ドイツ[1962年発行社会福祉4種『白雪姫』]
発行日:1962年10月

ヘンゼルとグレーテルは、なぜ森に入った!?

子どもの頃、誰もが憧れた「お菓子の家」。ヘンゼルとグレーテルの物語は、実は長く続いた飢饉の影響で口減らしのために子どもを捨てたという話がベースにあるのです。(史実的にはジャガイモの耕作が始まり、農民たちは救われました。)

1893年初演のエンゲルベルト・フンパーディンクによるオペラ『ヘンゼルとグレーテル』では、子どもたちは捨てられたのではなく、森にいちごを摘 みにいって道に迷ったのだとストーリーが変化しています。これは19世紀頃には「子どもを捨てるとは親の責任放棄」とモラルが向上していたため。

改作を重ね7版まで出版された『グリム童話集』をひもといても、そのストーリーの変化に当時の人々の思いを読み取ることができます。

西ドイツ[1961年発行社会福祉4種『ヘンゼルとグレーテル』]
発行日:1961年10月

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