趣味・教養

2007.11.01
20世紀の芸術は、1905年から第一次世界大戦前の1914年までに行われた多くの実験芸術の試みによって幕を開け、その後は時代の流れと同じく目まぐるしく変わり、もはや一つの枠には収めきれないほどの多様性を示しました。それゆえ、さまざまな「イスム」が入り乱れているのが、20世紀美術の特徴です。
今回は、20世紀初頭に誕生した「フォービスム」から、近代芸術に大きな影響を与えた「シュルレアリスム」までを、フランス美術切手とともにご紹介します。
フランス[ピカソ『春』]
1998年5月15日発行
印象派の影響が残る20世紀初頭に、印象派の画風をさらに強調、発展させたかのように、対象を原色で大胆にデフォルメした作品を発表する作家集団が登場しました。それが「フォービスム(野獣派)」です。色彩は自然を再現するものではなく、感動などの心の動きを表現するための道具として用いられるべきだとするフォービスムは、野獣(フォーブ)にたとえられるような、原色を多用した強烈な色彩と激しいタッチが特徴。代表的な画家にアンリ・マティス、アンドレ・ドランらがいます。
フランス[グレーズ『作品1920/23』]
1981年2月28日発行
それと併行して1907年には、「キュビスム(立体派)」が誕生しました。キュビスムは、セザンヌの影響を受け、パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックが創始した革命的な美術動向。色の解放の「フォービスム」に対し、いろいろな角度から見た物の形を、一つの画面に描き、立体的な物全体を平面上に表現しようとする「キュビスム」は形の解放といえます。ドローネ、レジェ、グリ、グレーズが、この「キュビスム」の運動に加わりました。
このほか20世紀初頭には、さまざまな主義・様式があらわれ、伝統的な美術の枠組みを崩し、新たな美術を構築しようという模索がなされました。
フランス[マルセル・デュシャン『9つの鋳型マリク』]
1998年10月17日発行
そのなかのひとつが、合理主義を否定した反芸術活動「ダダイスム」です。「ダダ」とは辞書を無作為に繰って偶然出た語で、要するに「無意味」を意味し、彼らの否定精神を象徴する語でもあります。ダダイスムは第一次世界対戦中およびその直後に各地に広まりましたが、戦争によって強いられた悲劇的な犠牲に対する反発が発端であったといえるでしょう。
フランス[アルプ『踊り子』]
1986年11月8日発行
なかでも代表的画家と言われているのがフランスのマルセル・デュシャン。彼は、量産品・既製品を意味する『レディ・メイド』と名づけた作品を発表し、話題をさらいました。アメリカに移住しニューヨーク・ダダの開祖といわれることになったデュシャンの作品でもっとも有名なものが、『泉』と題した既製品の男性用小便器にサインをしただけのもの。これは発表された1917年当時、「芸術を冒涜している」と出品拒否にあうなど、かなりの物議をかもしました。このほか、ダダに加わった芸術家に、アルプとピカビア、マン・レイ、ドイツ生まれのゲオルゲ・グロスとエルンストなどがいます。
「ダダイスム」を母体とした生まれたのが、1924年にアンドレ・ブルトンの「シュルレアリスム宣言」によって誕生した「シュルレアリスム(超現実派)」。彼らは精神の解放と既成秩序の否定を唱え、創造における無意識の役割を重視しました。
フランス[マッソン「ピュティア」]
1984年10月13日発行
シュルレアリスムが美術にもたらした最大のインパクトは、イメージの力の再発見だと言うことができるでしょう。シュルレアリストたちは、ただ目の前にあるものを写すのではなく、心のスクリーンに映し出されるイメージを忠実に写し取る、それこそが新次元のレアリスムであると主張。想像力を無制限に解放し、理性的・美的・道徳的先入観(ありえない、美しくない、よろしくない)を捨て去ることで、真の現実が現れることを期待しました。現実とはいったい何か。私たちが普段接している日常は、本当の現実なのか。現実と夢の境界は果たして存在するのか。そんな問いから生まれたのが、シュルレアリスムだったのです。
シュルレアリスムに属する主たる画家としては、マックス・エルンスト、サルバドール・ダリ、ルネ・マグリット、イヴ・タンギー、ポール・デルヴォー、エドガー・エンデ、アントニオ・マッタなどがおり、ピカソも後にシュルレアリスムに傾倒しています。
フランス[ジャコメッティ『犬』]
1985年12月7日発行
フランス[マグリット誕生100年『回帰』]
1998年4月18日発行
フランス[セルジュ・ポリアコフ「組成」]
1988年10月22日発行
フランス[アントニオ・マッタ「ああ、黒い絵よ!」]
1991年11月30日発行

サンマリノ[ピカソ誕生100年]
1981年10月23日発行
20世紀美術の歴史に一大革命をもたらした天才、パブロ・ピカソ。アートに興味がない人でも、その名前は知っていますよね? 実は彼の「パブロ・ピカソ」という名前、本名はとてつもなく長いのです。
正式な名前は、「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピニァーノ・デ・ラ・サンテシマ・トリニダッド・ルイス・イ・ピカソ」。
こんな長い名前になったのにはピカソの出生に理由があります。ピカソはこの世に生まれてきたときに息をしていませんでした。産婆が懸命に手を尽くしましたが蘇生せず、諦めかけていたところ、叔父のサルバドールが葉巻の煙を鼻の穴に吹き込むととたんに大声で泣きはじめたのです。この奇蹟にあやかりたいと親戚中で自分の名前をピカソのミドルネームに付けた結果、こんな長い名前になったそう。本人も覚えきれず、いつも「パブロ・ピカソ」と名乗っていました。